近年、50代以降のミドル層における採用スタイルが変化しつつあります。

中でも管理職経験のない50代は転職すらできないと言われてきましたが、他人には代用することができない特別な経験やスキルを持っていて、かつ一人のプレーヤーとして現場を任せられるミドルであれば、50代であっても60代であっても、その力を必要としてくれる企業は少ないながらも増えていると言われています。

ほんの一昔までは圧倒的に年齢の壁は厚く、40代以降の中高年という年齢だけで門前払いされることが当たり前だった現代の日本の状況から考えると、大きな一歩を踏み出したと考えても差し支えないと考えます。

人生100年時代。60歳ではまだまだ引退には早すぎて、70歳、場合によっては80歳まで働く人も増えていくでしょう。しかし、年齢が上がるほど、働ける場所や機会の選択肢の格差は広がります。自分が望む組織・職務で活躍し続けるために、注目したいのが「 現場力 」です。管理職やマネジメントとしてではなく、プレーヤー、スペシャリストとして個人のスキルで活躍できるミドル世代やシニア世代の力を、企業は求め始めています。それはなぜか。背景や事例から、いま身につけておきたい「 現場力 」を探ります。

ミドル層にマネジメント力はいらない?

社会人が世代ごとに期待される役割は、20代前半の新人時代から始まって、20代後半でリーダークラス、30代前半が早い人でマネジャークラス、30代後半以降はかなり個人差が大きくなり、一部が部長職や執行役員など幹部候補として選抜されていくというピラミッド構造になっています。

転職市場でいえば、30代後半以上になると、「 プレーヤーとしての力量だけではなく、人材マネジメントができて、組織としての成果を生み出していくスキルが不可欠 」という考え方が少し前までは一般的でした。しかし、近年、ミドル世代やシニア世代を活用する企業が増えるにつれ、逆に「 『 マネジメントができます 』というだけの40代、50代はいらない。自分の手や足を動かさない人に活躍できる場所はない 」という企業が目立つようになってきました。

むしろ、余人に代えがたいスペシャリティーやスキルを持っていて、かつ一人のプレーヤーとして現場を任せられる人であれば、40代や50代でも、その力を必要としてくれる企業は増えているといえます。まだごく一部の企業ですが、少し前までは圧倒的に年齢の壁が厚く、40歳以上という年齢だけで門前払いされることが当たり前だった状況から考えると、小さいながらも大きな前進だと思います。

組織が人格に及ぼす影響がリスク高める

人間には、環境という名の後天的な要素で、人格形成が影響される側面があります。たとえば45歳を超えてから、70歳まで残り25年の仕事人生をリセットしてスタートする際に、一人のプレーヤーとしてスペシャリティーを発揮することが求められた場合、それまでの期間にどのような働き方をしていたかによって、大きく順応性が変わってきます。

組織や役割が人格に及ぼす影響という観点では、「 スタンフォード監獄実験 」という心理学研究の興味深い実験があります。「 刑務所生活に関する心理学的研究に参加する志願者を求む 」という広告で被験者を集め、囚人と看守の2つのグループに分け、囚人役は1日24時間、看守役は1日8時間、自身の役割を演じ続けた場合の変化を観察したものです。

手錠と足に鉄鎖を付けられ、番号で呼ばれる囚人役を監視し始めた看守役の人たちは、徐々に命令口調の言動が強くなり、囚人役に対しての侮辱行為や懲罰行為など、日に日に独裁的・専制的・攻撃的になり、予定の半分以下の6日間で中止されるに至りました。

この結果が示しているのは、人が他者よりも優位な立場にあることを認識した場合、他者に対して支配や加虐的行動をとる傾向にあり、「 権力 」や「 権威 」を手にしたときに現れやすくなるという傾向です。

「 他者に対する優越感 」によって人格がゆがんでしまうということは、往々にして企業組織の中にもあります。社内でマネジメント側の人間として出世し、たくさんの部下に業務を指示したり、結果を査定したりする立場が長く続くと、徐々に横柄で傲慢な態度が身についてしまうといったリスクです。

大企業ほど部下の数が多く、年収も高くなる傾向があるため、大企業で長く働いてきた人は、知らず知らずのうちに、より他者より優位な立場が構成されて、かなり強く意識をしておかなければ、環境要因で人格が変化してしまう可能性があります。このような事態を避けるためには、常に自身を戒める自律の姿勢をキープすることが非常に重要です。自分より相対的に劣位の立場にいる人に対しては、より献身的な態度で接するという行動習慣を心掛けるくらいの意思が必要になります。

「 65歳、経営管理部長 」という名の一社員

私がこれまでに転職をお手伝いさせていただいた中に、60代で入社し、3年後の今も大活躍しているAさんという方がいます。

もともとは大手の広告会社で、30人ほどの部下を持つ部長として活躍されてきた方です。現在65歳で、役職は経営管理部長という肩書ですが、実際は従業員数50人の中堅インターネット広告制作会社の社長室長として、部下もおらず、単独で様々なプロジェクトを進めています。

業務内容は大きく2つあり、ひとつは社長から直接依頼される提携先開拓の特命プロジェクト。利害が複雑に絡む提携交渉で、ベテランの交渉力が生きているそうです。もうひとつは、新人からマネジャークラスまで、業績が低迷して落ち込んでいたり、勤怠に課題が出始めた社員を応援する影のメンターとして、離職を抑止したり社内を活性化したりする役割を、人事部兼務の形で担っています。

収益に直結する仕事が前者で、会社の風土づくりという目に見えない仕事が後者なのですが、どちらの側面でもAさんにしかできない価値を発揮し、社長からの信望はもちろん、社内のメンバーからも非常に頼りにされる存在になっています。一部の社員からは、「 心の非常口 」というニックネームで呼ばれているようです。

Aさんの最大の特徴は、大手広告会社の部長経験があるにもかかわらず、誰とでもフラットにコミュニケーションができることです。前職では、30歳代でマネジャー職になったころから50歳代で退職するまで、「 鬼 」と呼ばれるほど強いマネジメントをしていたそうですが、役職定年や関連会社への出向などを経て、かなりキャラクターが変わったということでした。

「 役職定年の後はむしろがっくりときて、逆に卑屈になりかけたこともありました。しかし、受け入れてくれた出向先の仲間に恵まれたために、自分なりに貢献できることが改めて確認でき、再度自信を持てるようになりました。私が今も仕事をさせてもらえているのは、あの時の仲間のおかげです 」と語っていました。

出向先を60歳定年で退職した後、2年間、友人の会社の取締役として働いた後、終(つい)のすみかならぬ、終の職場を求めて、現在の会社に転職しました。入社にあたっては、改めて「 現場は下流ではない。むしろ最上流という自覚を持とう 」と覚悟を決め、社長との最終面接で、役職なしの一兵卒で働きたいということを申し出られたそうです。

もちろん現在も部下は持たず、文字通りコピー取りから資料作成まで、自ら手を動かして業務をされています。エクセルやパワーポイントを軽々と使いこなすスキルもお持ちです。60代半ばを過ぎても現場の第一線で、周囲から期待され、必要とされながら働いているAさんは、充実した日々を過ごしておられます。

役職や権限、部下という要素がなくなった「 素の自分 」が、一人のプレーヤーとしてどこまでの価値を発揮できるか常に考えておく――。それこそが長く働くための最大の武器になるかもしれません。

2018年7月3日 NIKKEI STYLEより引用

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