デザイナーという職業に憧れる人は多いが、実際問題給料が安くてやっていけないと言う。

「 毎日毎日残業で、最終電車で帰宅する生活をしていても、手取りは20万円そこそこだからやってられない! 」と訴えているのは別所さん50歳代。憧れの職業に就いて数々の賞を取ってきたにも関わらず、30年間ずっと手取りは変わらなかったという。

「 30代の頃、大手デザイン会社からヘッドハンティングされたことがあったんですが、その時は転職する勇気がなかったんですよ。今は超後悔していますがね 」

その後、生活費を切り詰めるも、結婚をし子供が生まれた頃に貯金が底をついたのだという。背に腹は代えられなかったので、土日限定の倉庫作業のバイトを始めたという。「 これが意外に時給がよくって、ハマってしまった 」という。

50代デザイナーが挑んだ転職活動

倉庫労働はダブル・ワークの一環ではあったのですが、それでも、労働を一日に二回重ねるのには、スケジュール的に不備がありすぎました。ところが、デザイナーであるという立場が、逆に就職に至難をきたすようになっていました。それは、デザイナーの立場上、直接面接を申し込みに行くと、丁寧な断り文面が到着して、面接不可になるのです。

これは、おかしいなと思い「 パソナキャリア 」という転職エージェントから連絡がありました。これは、転職エージェント経由で転職してくださいという連絡が別口であったのです。つまり「 直接雇用のデザイナーは、管理職からはどうしても始められないんです 」という理由からでした。

なるほどと合点はいったのですが、そのまま面談での経由を持ち越す形で、自宅待機の時間が過ぎていきました。実はデザインの仕事はしていたのですが、初任給の問題で、採用受付会社が、難儀していたらしいのです。

つまり、中継で転職エージェントの引き留めにあっていました。

転職時に直接面接でやりにくいというのは、管理職ではよくある事らしいのです。つまり、一般デザイナー作業者として、来られても困るといった言い方で、管理職から始める場合には、エージェントを利用した方がいいのではないかという、採用受付側の意向があったらしいのです。手段としては、会社の方が転職エージェントを利用したかたちになります。

50代で転職する前に心配だったこと

転職するときの心配だったことは、管理職採用では、一般窓口は使用できないという理由がいくつかあったことです。これは、一般作業者のスキルがあったとしても、管理職になるまでに、時間がかかりそうなことであり、それが、一般枠からの採用しか慣れていない会社では、むずかしい仕組みとなる事態があるのです。

これは、管理職としての立場からという意味とは違っていて、作業スペースの中に勤務するという事が、必要ないスキラーに対しての、採用の場合です。

ですから、一般枠から会社に採用の情報を聞いたとしても、つながらないことが多く、また、スカウトクラスになれば、競合の奪い合いが激しいために、一般枠からの安全性に対する疑問もありました。

つまり、外回りが基本である管理職の位置からすると、車内に滞在勤務するというのでは、その採用窓口自体も変えなくてはならないという形になり、面談箇所が見つからないという仕組みだったのです。つまり、中途管理職採用では、結構なシークレット採用であるのです。

50代で転職するにあたり大変だったこと

その転職活動で実際に大変だったのは、採用面談箇所が定まらないことで、かなりの時間を要してしまったことです。

つまり、わたしの履歴書を送ったとしても、それが、うまく書かれていない場合に、どの管理職ステージから始めるのか不明である事なのです。つまり、作業者として入社するのが普通の履歴書の書き方なので、その職務経歴書・学歴で会社で通過するようにすると、作業者採用というかたちになってしまい、いきなりの管理職スタートになりきれないという、会社のむずかしい問題があったのです。

つまり、社内が管理職ステージからはじまる、雇用関連に、付いてこれるかどうかという問題が立ちはだかって、面談の連絡が付きにくくなってしまいました。

それが大変な状況で、あえて、転職エージェントを介したほうが、仕事の都合表示がつきやすいという意味があったのです。

おそらく、家のだれかが、代理で連絡を取り次ぐので、そのための、補修金額の相談などが通ったのでしょう。

ですから、自分自身は、デザイン作業者としても、管理職としても仕事ができるというアピールより、どの作業場で管理職の仕事をするのかという、それだけ扱えばいい話になりました。

つまり、仲介と、仲介担当の信頼性が取れれば、わたしは、どこにいても、通信手段をもって、指導ができるという形になったのです。この仕組みは自然な流れというより、仲介担当の努力もありました。ですので、外に出れば、市場調査という仕事も確認済みで出来るようになったのです。

50代で転職してよかったと思えること

転職してよかったと思う点は、自営でやろうとしても、生活がたいへんな状況は変わらなかったりするので、それを自営に依る外注にするより、会社の採用枠の中に入っていた方が、月当たりの収入に便利だという意味があります。

つまり、なんでも、個人で発注したり受注したりするより、外部契約で会社と雇用契約を結んだ方が、立ち回り方が楽になるという点があるのです。

そのうえで、転職は成功したと思います。これは、私自身の情報漏えいのなさという点でも、しっかりと信頼性が採れた段階でのことだと思います。

つまり、電話連絡する際には、シークレット性の高いものとして、そして、そのPC端末に入力するデータに関しては、広域に拡散するものとして作業するということに、採用側からの同意を得たのです。

つまり、デザイナー理論としての、イメージ図として、または管理職としての指導に、通信手段を使用するという、あたらしい働き方のイメージングが実現したかたちになります。給与面においては、その報酬制のところへの私からの信頼があれば、仕事を果たすという事を、市街地でも、自宅からでも仕事ができるようになりました。

これによって、外注を同時並行でこなすことも可能になり、転職をしてよかったと思える点になります。つまり、食事をしながら、メモを筆記して、送信してもそれで充分しごとになったのです。このために、Wワークを外でする必要がなくなりました。

時間の過密の隙間で、送受信のみで仕事を可能にしたという事で、通常のSOHOビジネスとは、違う、会社雇用としての発注・受注処理ができるようになったのです。そのための、契約書関連は、親近者が取り扱う事によって、採用側企業も安心したようです。

30年デザイナーやってて手取りは20万円?転職まとめ

30年デザイナーやってて手取りは20万円?50歳代リーマンが挑んだ転職についてまとめてみましたが、いかがでしたか?
流石に50歳代になって手取りが20万円なんて生活厳しいのではないかと思ってしまいましたが、副業の収入が10万円近くあるのでそうでもないと彼はいう。彼は倉庫作業での時給を上げるために、危険物取扱者免許やフォークリフト運転技能免許まで取っていたというのだ。

その努力をもっと若い時に、転職活動に注いでおけばと今頃は有名なデザイン事務所の偉いさんになってたかもしれませんね。皆さんも努力する箇所を間違ってしまわないよう、これからの人生を進んでみてくださいね。

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事