「 公務員を辞める奴の気が知れない 」と多くのサラリーマンやOLが思っています。手厚い福利厚生に、手厚いボーナス。定時に帰宅できて、プレミアムフライデーの恩恵に預かることができたのは公務員だけという噂も絶えません。

私自身「 公務員になったら一生安泰だから受けなさいよ 」と母親に勧められて参考書類を買ったのはいいが、まったく内容についていけず途中で投げ出した辛い過去が蘇ってきます。

オープンキャンパスでお世話になった石飛さん57歳が元学校教員、副校長になる一歩手前までいった人物だと知って飛び上がるほど驚いてしまいました。彼女の現在の肩書は非常勤の国家公務員で、年収も600万円近く下がってしまったという。一体彼女の身に何が起きたというのでしょうか?

家庭の事情で非正規社員になった50代女性

彼女が転職をしようと考えた動機は、最も大きな理由としては、家庭の事情です。親戚が事業を行う、ということで、手伝ってもらうと大変助かる、と言われたこと、その事業の場所が、私の実家近くであったことから、高齢の母の面倒もみれるし、とお気楽娯楽な考えで、安易にやめることを決めました。

それまでの教員の仕事は私立の学校だったのですが、ポスト的には結構上の立場にあり、その点、かなりストレスが多かったです。

教員の仕事は、時間のなかだけではなく、時間外の仕事、持ち帰りの仕事、週末の仕事も多く、常に授業の準備に追われているという、なんともいえない切迫感もあって、そういった重圧から解放されるならいいな、と思ったことも転職を決めた一因でした。

しかしながら、親戚の事業は、家族間トラブルで急に私が必要なくなった、ということになってしまって、大幅に私の計画は崩れてしまいました。学校には退職の願いはすでに受理されているし、今さら、そういった事情になったなんて言えないし、だからといって、まったく働かないというわけにもいかないし、で、どうしようと随分悩んでしまいました。

そんなとき、所属していた職能団体からの斡旋という手段を使って、今の職業に転職をすることにしました。

50代で非正規に転職するのに心配だったこと

転職をするにあたって、一番心配だったこと、大変だったことは、私のこのような事情を知っている人には本当のことを話しましたけど、それを知らない人にどう言おう、ということでした。

多くの人に、他の地方にある実家に帰るといってしまっていたし、大層な送別の品もいただいたりしていて、それをなんといって、実家に帰るのをやめた、とか、親戚の手伝いをやめることになったのか、とか、説明すればいいんだろう、と考えてしまいました。

また、収入面においても、もともと親戚の手伝いをするときから、教員をしているほどの給料はもらえないというのはわかっていましたけど、それでも、それなりの収入は確保できて、年金をもらうまでは自活できるつもりでいましたので、その点も、たちまち困ったな、と思いました。

そこから就職活動をしたのですが、転職先が見つかるまでの間の就職活動も、とりあえず資格はあるにしても、年齢的なことがネックになりました。

それまで、それなりのポストについていたのに、今さら、平の教員をする、しかも、若い子の下になる、ということにもかなり抵抗があって、自然と、転職先の幅が狭くなり、なかなか見つからないということも悩みの種でした。

それでも、ようやく納得する、とまではいかなくても、とりあえず、人に言える程度の仕事を見つけたのですが、それは今までとは全く違う分野でした。そのことに対する不安もありました。

また、非常勤であっても公務員ということで、結構審査が厳しかったり、手続きが複雑だったりして、正式に決定するまでの間、結構な日数もあって、その間、就職活動もできないし、本当に決まるのか、もし、決まらなかったら、それからどうしようということも不安でした。

50代で非正規社員に転職して下がった年収額

教員をしていた時の年収は900万円近くありましたが、今は300万円もありません。

それが、今は、非常勤の公務員で、しかも1回仕事をして、いくら、という報酬になってしまったため、随分減ってしまっています。年収ベースで考えると、まだ1年間きちんと仕事をしていないので、よくわからないのですが、いわゆる扶養範囲内の収入にしかならない、というのは明白です。

年収が激減して一番困った、というか、いやなことは、夫の扶養家族になった、ということです。

それまで、数年間は専業主婦をしたり、学生をしたりして、夫の扶養家族になったことがあるのですが、それ以外は自立して仕事をしてきていましたので、扶養家族になる、というのはなんといってもいやでした。

私のそれまでの蓄えで、私自身が遊ぶお金とかは、自分の貯金でなんとかできるのですけど、遊びに行くときなど、なんだか、夫は、自分のお金で遊んでいるって思っていないかな、などと思い、どこかで遠慮というか、そんな思いを持ってしまうわけです。

友達とちょっとお茶をする、ランチをする、ということも、旅行に行くということも、まったくそれまではそのようなことを考えず、自由に行動していたので、なんだかとても窮屈な思いをしています。

夫から何かを言われるとか、そんなことはないのですけど、自分の気持ちのなかで、のことです。更にそうはいっても、やっぱりこの年収では、いざとなったとき、たとえば夫と離婚するようなことになったときとか、生活に対する不安がとてもあり、このままでいいのかな、なんて常に思っています。

50代で非正規社員に転職すべきでなかったと後悔

非正規社員として転職をするべきではなかった、と後悔する一番の理由は、先にも述べた収入の問題、夫の扶養家族になるという問題です。

先日、カードを作ろうとしたときも、非常勤の公務員だと審査がとても厳しくて、限度額を引き下げられた、という経験をしています。そんなとき、私にはきちんとした貯金もあるのに、この仕打ちは何だ?と思ってしまいました。そんなに社会的信用がないのか、と愕然としました。

それ以外では、社会的地位の問題があります。それまでは名刺をもって、肩書もきちんとしたものがあったわけですけど、今は、だれかにいうときには、パートのおばさん、といった言い方をしています。周りの友人をみると、社会的地位を持った人ばかりですので、私だけ、ある意味ただの人、パートのおばさん、になって、なんとなく、みじめ、というか、プライドが許さないというか、そんなことを思います。

だったら、非常勤職員ではなくて、元の職業に就くこと自体、ストレスもあるし、若い子に交じって、平で、ということを考えると、到底それはいやですし、そうしたところで、社会的地位のある友人の中に入ると、私はやっぱり平、ということには変わりなく、なんとなく気おくれをするのは変わりないので、仕方のないことかもしれないんですけど。

加えて、新しい職場での仕事にも慣れずに苦労しています。非常勤ですので、常勤の若い人のなかで、教えてもらいながらになるのですが、それがなかなか覚えられませんし、そういう若い人の中に入って新しく築かないといけない人間関係にも苦労をしています。こういったことを感じると、非常勤という立場での転職をするべきではなかった、と後悔をすることもあるのですが、自分で決めたことですし、これが自分の運命だった、と受け入れるしかないと思っています。

転職で年収が600万円下がった50代女性まとめ

最後に要点をまとめておきますので、参考にしてください。

転職に失敗して年収が600万円下がった50代の特徴
 転職の動機 : 家庭の事情
 転職の手段 : 職能団体からの斡旋
 要した期間 : 約20日
 家業を手伝う目的で、教員を辞めたが、家業自体が無くなって途方に暮れた
 非常勤であっても一応公務員扱い
 非常勤はカードを作るにも一苦労

35年間、教員として順調にやってきた石飛さんは職場のストレスから逃げたいがため、ファミリービジネスの話に乗ってしまったようですね。ことすでに遅しですが、転職は慎重に!

安易な転職は身を亡ぼすかもしれませんよ、気を付けてくださいね。


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