ハローワークの周辺にパンフレットを持ちながら立っているお姉さん達。

あの人たちは一体何者かって疑問を、いますぐ解決したいと思いませんか?

宗教の勧誘の人なのか?はたまた転職エージェントと呼ばれる人たちなのか?

辛くて心細い失業中に、親身になって話を聞いてくれるから、こちらもお返しに話ぐらい聞いてもいいかな?なんて心情になってしまいます。

川端さん55歳は数年前、ハローワークの前で彼女たちに声をかけられ、遂には同胞になってしまったという変わった職歴を持っている。

勢いで退職した50代の転職は地獄そのもの

私が、初めて彼女にお会いした時「 実は私、50代なのよ 」と言われて驚いてしまいました。

だって、どこからどう見ても独身のアラサーにしか見えなかったのだから。

彼女が、生命保険会社に転職したのは50代前半の頃でした。

前職は事務員でしたが、個人経営の会社だったので、社長へ対しての不満が爆発したことが転職を思い立ったのが理由です。

正社員にもかかわらず、給料が安いし、当然ボーナスもなし。

人使いの荒い社長は男性社員は当然のこと、女性社員にまでサービス残業を強いてきました。

こんな地獄から抜け出せるのならと、思い切って辞表を提出。

「 私が抜ければ、職場が回らなくなぞ 」絶対引き留められる、絶対泣いて止めてくると思ってましたが、あっさり退職が認められてしまいました。

私も所詮「 駒 」だったのかな、と悲しい気持ちになりましたね。

そして次の転職活動のために取った手段は「 ハロワーク 」でした。

ここに行けば直ぐに見つかると期待と自信を持って、ハロワークへ行きました。

確かにいくつかの会社を紹介され、面接にも行きました。

3つほど受けましたが、全て不採用でした。

雲行きも怪しくなりながらも、早く見つけなければ生活が苦しくなると思い、私はハロワーク通い続けました。

もちろんハロワークだけに頼らず、毎週日曜日に入ってくる求人広告と、毎週月曜日に無料で配られている「 タウンワーク 」をかかさず見ていました。

ハローワーク前で見知らぬ中年女性に勧誘される

私が探していた次の職種は、ごく普通の事務員でした。

給料の高望みをしているわけでもなく、高飛車な態度を取るわけでもないのに、不採用になっていたので自信喪失状態でした。

ハロワークに行き次の仕事を見つけ、いつものように帰宅しようとした時、見知らぬ中年の女性に声をかけられました。

彼女はスーツ姿で小綺麗な方でした。

そして「 お仕事をお探しですか? 」と声をかけられ、私はアンケートかと思ったので立ち止まりました。

そして彼女から私達の会社で働きませんか?と声をかけられました。え?と思い、不信感を抱きましたが渡された名刺は有名な大手保険会社でした。

こんな大手の保険会社の人がなぜ勧誘なのか、怪しいと思い名刺だけ受け取りその場を去りました。

ハロワークの不採用は半年以上も続き、遂に生活の危機に陥り焦りを感じた私は、救いを求め名刺先に連絡をしてしまいました。

つまり、動機は生活の危機に陥った為です。

働きたかったという理由ではありませんでした。

人見知りな私は生保レディーできるか心配だった

就業するにあたって説明をしたいと言われたので、保険会社に説明を聞きに赴きました。

彼女に指定された営業所で、保険の営業をする仕事と説明を受けました。

営業経験のない私は、心配と不安で最初は断りました。

そして働く前に3ヶ月の研修があり試験があると言われ、ますます心配になりました。

しかし、研修中も給料は発生するし、もし合わなければ辞退しても大丈夫です。

辞退しても給料はきちんと支給されますと言われ、生活の危機でしたので承諾をして研修を受けました。

研修中も勉強続き。

ましてもや保険について無知な私は、ますます心配になりました。

試験は無事に合格しましたが、研修が終わったら次はどうやって営業するの?と具合が悪くなるほどでした。

営業に不向きすぎる位 人見知りがあったからです。

生保レディーの昼休み会社訪問は大変で辛かった

研修が終わり、自分の所定の営業所で、月曜日から金曜日まで就業していました。

大変だった事はやはり営業という職業柄、成績でした。

営業経験一切なしの私は人見知り。こんな私は成績なんか一つもありませんでした。

ハロワークで声をかけてくれた方が私の上司となり、一緒に同行してお手本を見せてもらいましたが、私が一番大変だったのは昼休みに会社を訪問して挨拶をしたりする事でした。

人見知りが凄い私に、は毎日の昼休みの会社訪問が本当に嫌いでした。

男性職員が多かった為、声をかけても無視する人が非常に多かったです。

また既存のお客様にご挨拶に行った際も、嫌味を言われる事もありました。

大体言われるセリフは「 どうせまた担当変わるんでしょ?更新の時だけ訪問来るもんね。 」と何人かに言われたりしてかなり苦痛でした。

個人宅を訪問しても同じセリフを何度か聞かされ、私は悪くないのになぜか「 すみません 」と毎回謝るのも苦痛でした。

成績が悪い人は大体 身内で契約をしてもらったり、友人のまた友人などに無理やり契約のお願いをして回っていました。

ここまでしなきゃいけないのでしょうか?と部長に尋ねた事もありました。

私は身内や友人にお願いするのは嫌だったので、いつか自分の担当しているエリアで契約を貰おうと思い頑張りました。

そしてお客様から連絡が来て、ご自宅に伺うのが夜又は土日だったりした事も大変でした。

自分の休みが、なかなか取れなかったなぁ。

最悪な時は何ヵ月もそれが続いた事もありました。

またお客様からのクレームも正直大変、全体的に見て、私には全くもって不向きな仕事でしたので全てが苦痛でした。

身内や友人に加入してもらっていた女性は、最後は自爆したような形で退職していました。

また成績が取れず怒られている人もいました。

生保レディは嫌味を言われて苦情処理をしてナンボ

転職をするべきでなかったなと最初は後悔していましたが、生活があるため辞めても次が直ぐに見つからない。

だから、ひとまず頑張るしかないと思い、会社訪問や夜 土日 頑張って働いていました。

半年後位に、会社訪問で嫌味を言った方の保険の更新が来ていて憂鬱な気分でお会いしたら、予想外の答えが返ってきました。

「 お姉さん毎日毎日頑張ってるね!更新もするけど、貯蓄のプラン持ってきてくれる?良ければ入ろうかと思う。」と言われ驚きました。

あんなに文句を言って、毎回無視していたのに加入するとは思っていませんでした。

そして更新と新規加入をしてくださり、私は頑張って毎日会社訪問していて良かったと実感しました。

そして、約一年後に成績と共に給料、ボーナスが大幅にアップしていました。

振り返れば給料安い、ボーナスなしで不満を抱いていた私の希望が叶ったといえば叶いました。

道のりは大変でしたし、苦痛の何ものでもありませんでしたが、結果は叶っています。

そして毎日の努力によって、新しい会社の社長様から契約を頂いた時の、翌月の給料とそれ以降の給料が大幅にアップした時は驚きました。

営業というのは、こういう仕組みになっているんだなと実感しました。

そして人手不足の為、訪問できていないエリアを皆で分担しなければならなくなった時は、相変わらず人見知りはだったから、また憂鬱な気分になりましたね。

案の定、新しいエリアではまた嫌味を言われ、クレーム処理からの始まりでした。

後悔と成功が混ざりあい複雑な気持ちで仕事をしている時期もありました。

ですが何社も落とされ、生活の危機を味わった私は、辞める事に不安を抱いていたので、何とか我慢して働いていました。

もし辞めるなら、次を見つけてから辞めようという事も勉強になりました。

50代の私が生保レディーになった話まとめ

最後に要点をまとめますので、参考にしてください。

 パワハラに耐えきれず転職した50代の末路
  転職の動機 : 職場でのパワハラに耐えきれず勢いで
  転職の手段 : ハローワーク
  要した期間 : 約7か月
  ハローワーク周辺で、生保レディからスカウトされた
  身内や友人への自爆営業だけは避けたかった
  一旦は後悔したが、1年後に給料がアップしたから転職して良かったと思う
 

彼女の勧誘を受けた男性陣も、まさか彼女が50代のおばちゃんだなんて気付いた人はいなかったでしょうね。

見た目が若いと得することもあるようです。

しかし、ハローワークの周辺に立っている生保レディー、お金がなくて困っている失業者達を狙うなんて、まるでハゲタカのようだと思ってしまった斉藤でした。

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう